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2019年12月29日(日)更新

タオルソムリエ写真の変遷

こんにちは。【タオルはまかせたろ.com】タオルソムリエの寺田です。

2007年よりタオルソムリエとしてサイトに掲載していた写真も
干支が一回りしてしまい一旦整理しないといけないなーと思いました。

随分と老けているのが並べると分かります(汗)


2008年


2010年


2011年


2013年


2013年


2016年


2016年


2017年


2018年


2019年


50代に突入してますが20代に購入したタキシードも今も現役ですが
そろそろ自身の顔アイコンではなく別ブランドに変えていけるようにしたいと思います。




経営者会報ブログは年内で寄稿を終了します。
※新しいブログがスタートします。下記ロゴをクリックして
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2019年11月27日(水)更新

Kibidango(きびだんご)クラウドファンディング

こんにちは。【タオルはまかせたろ.com】タオルソムリエの寺田です。



様々な分野で今や日本でも主流になってきている

クラウドファンディング。

多数の縁者の支援をしてきた中、自らもその世界観を知るがごとく

ご相談にのってくださったのがKibidango(きびだんご)社さんでした。





約10年ぶりに久しぶりに使用したスカイプを使用した遠距離電話で

ご案内をいただきました。



これからの方向性を確かめながら進めてまいりたいと思います。











 

 

2019年11月11日(月)更新

LINEを使ってますかね?

こんにちは。【タオルはまかせたろ.com】タオルソムリエの寺田です。

まだ1年前ほど前のこと。
Facebookページにこんなメッセージが流れてきていた。


「バイトの子が休みたいという連絡をLINEでよこしよる!
これってありなんかい!?」

という投稿にありえない!とか日ごろの若い方の神経が分からない、礼儀も知らないもんねっと
書かれているのを見ながらLINEの本質は何なのかって
考えていた自分がいます。

時を過ぎて今やそんな投稿をしていたあのおっちゃん(親しい間なので)も
LINEをしながら絵文字だニュースだクーポンだとLINEマニアになった情報を相変わらずFacebookで
投稿されています。

便利なツールを知ると人はそちらを手放せなくなるのは世の常ですね。

かくいうわが社はLINEの仕組みに遅れており一切、使用していなかったのですが
前回、展示会のアンケートをしているタオル組合の方よりその機能性を聞いて
取り組みを開始いたしました。

それまでは個人的に家族と一部のどうしてもLINEでないとつながれない縁者さんのみ
LINEを使用していました。
子供たちのLINE同士のグループ投稿などのやり取りやニュースの記事を見る中で
時間の浪費を考えていた私でしたがそれ以上の価値を見出そうと今は
積極的に活用しようとしています。

様々な情報を登録すると届く広告やニュースやサービス。
グループ投稿や管理。
既読文化に象徴される仲間意識。
無料ということから起きうる代償と対処方法の仕組み。

まだLINEを使用して1か月も経ちませんがLINEしてますか?と聞くと
現在100%していますという回答をもらっています。
またLINE交換しますか?と居酒屋で会った見知らぬ方も二言ほど話すと
交換OKと言います。

住所も電話番号も無意味で知る必要がない時代。
会いたい時につながりたい時につながって連絡がなくなればそれまでで
気にしない時代。

そんな角度で見なくていいんです。 礼儀が無いという文化も関係ない。

そこに楽しいかどうかだけ。

楽しいかどうか・・・。
便利かどうか・・・。

LINEの本質はそこなのかなって今は思います。

様々なつながりを持たせることで得るものを多く与え続けるLINE。

しかしそれ以上に大事な何かをなくしていく速度を上げていることも
あるんじゃないかと思うのも事実。

誰かが気づいているのであれば声を出さないと声を出すことすら
なくなっていく時代になるような気がしますね。

昨年のおっちゃんの声は今年はもう聞けない・・・。

受け入れることと流されることは違うと思いながら
もう少しLINEの深い本質を知ろうと思います。



2019年11月01日(金)更新

経営者のポケットマネーならぬポケットワード

こんにちは。【タオルはまかせたろ.com】タオルソムリエの寺田です。

経営者同士で飲む機会をいただくと、時として仕事のモードに入ってしまう
ことがある。
いつも経営者は楽しい時間を楽しむ能力を持っていると感じる。
それはただ単に楽しいで終わるのではなく周囲を楽しくさせて学ぶ姿勢を自社に転換していこうと
絶えず考えていることが大いにある。
そのために素晴らしいと入った情報は人に共有しようという熱量を持っているので
自分への落とし込みもいくつも重ねてインプットするために
身についていく連鎖が早い。


尊敬する経営者の本から抜粋した内容をプリントアウトして絶えず財布やスマホに持ち歩いているという
シートをいただいた。


些細なことだがこのようにプレゼントされるとその方の生き様も経営の指針も
見えてくる。

優しさと奥深さと自分への向き合い方なども感じるとさらにその方を好きになる。

経営者は孤独であり幾人もの部下とその家族を思うがために気をぬくことを知らずに
ひたすら経営を考えている。
私もそうなってしまう自分にブレーキをかけようとしてもアクセルと踏んでしまうと
なかなかスピードが緩められないで暴走してしまう。

暴走は社員やスタッフからすれば置いてけぼりに感じるほどついていけない感が
でるのであかんとわかっていても創造が加速すると一緒に行こうと言っても無駄なのに
求めてしまい反省する・・・。
これが現場で絶えず起きる各会社の事情であろう。


さて、今回のいただいたシートを自分に置き換え心を磨こう。





 

2019年07月25日(木)更新

矢野七三郎氏墓前へ

こんにちは。【タオルはまかせたろ.com】タオルソムリエの寺田です。

今治市大西町宮脇(丸山墓地)の地の墓前を紹介していただきました。

矢野七三郎氏の墓所となります。

矢野七三郎氏(1855~1889)は今治タオルソムリエ試験の教科書にも登場される人物です。

愛媛人物博物館~人物博物館展示の愛媛の偉人たち~によれば

伊予ネルの創始者。野間郡宮脇村(現、今治市大西町)出身。今治では江戸時代、綿の栽培が盛んで、
白木綿が全国で売られていたが、明治に入ると、関西地方の安くて質の良い製品に押され、
さらに外国からの輸入によって白木綿は売れなくなった。

七三郎は、家業の海運業や酒造業に携わっていたが、今治特産の白木綿の衰微を憂い、
家業を弟に譲って白木綿の生産に従事して新しい織物の方向を探求し、
紀州ネル(平織紀州ネル〔平織りの両毛ネル〕)に着目した。

明治18(1885)年、同志3名と和歌山へ赴き、ネル工場で働いて製綿技術を学び、
翌年1月、再度単身で現地へ行って製織技術を研究して紀州ネルを改良した「伊予ネル」という新製品を生み出した。

そして染色、毛掻き職人を各2名雇い、機械8台を購入して帰郷し、同年3月、
今治に綿ネル工場を建設して製織を開始した。
工場の完成直前に、暴風雨で倒壊するという不運もあったが、これに屈せず努力し、
伊予ネルは次第に認められるようになった。
七三郎は、伊予ネルの製造技術を周囲の人々に惜しまずに教えて奨励したため、
今治地域に織物産業が定着する契機となった。

明治22(1889)年、凶刃に倒れ、非業の死を遂げた。

とあります。

今治タオルの産業発展に貢献された方の墓前で感謝の意をお伝えしてまいりました。










   
 
 
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